第十二話  無人の蓮川

この日 櫛田川(三重県)上流部にある 蓮川へと向かう事に成ったのは 無人となった廃村”蓮”集落

出身N氏の案内による物でした  当時久居インターから先が無かった伊勢自動車道を使い 松坂を

抜け 国道166号線を釣用スペシャルカー”タウンエース”は西に向け走る。
やがて現れた 蓮ダムの建設現場はまだ その準備段階なのか

数台の重機が川底を動き回る この工事が完成を向かえた時

江馬小屋渓谷と呼ばれる 源流部一帯の佇まいと そこに住む

渓魚や野生動物の生活環境は一変するのだろうか・・?

苦々しい思いで工事現場を過ぎ 青田川との出会いの先で

蓮川えと沿う道に入り上流へと向かう。


案内人のN氏の指摘に車を止める 指差すその先には極少量
の流れが 急な山肌を一気に駆け下る 枝谷の姿があった
N氏が子供の頃釣歩いた谷と その上流へと放たれた稚魚の
生息を確信する言葉に      こんな小渓に・・?
今日確立されつつある 多くの漁協が謳う 管理された流れでの
釣とは違う 本当の意味での山釣の空間がここには有った。
この僅かばかりの流れの中に 静かに生き続ける野生児を想い
そのアマゴを求める気持ちには到底なれなかった。
ウンウン N氏の説明にも 頷くばかりの私を不思議そうな顔で見上る・・・
三軒屋の空家を通り過ぎ しばらく奥へ向け進むとやがて 家々が立ち並んでいただろう敷地とその
はずれに残る校舎に出会う 中を覗いて見ると二段ベットが並びそれは 登山の基地宿舎などに
使用されている様に見え 廃村”蓮”である。  僅かばかり来た道を戻り本流へ架る鉄橋を右岸へと
渡る 割と整理された地道を車止めの駐車スペース向けて上る 谷への降り口に立つ”禁漁”の看板
しかたない!流れを眺めに手ぶらで下る・・・谷の名前は”宮の谷”と言っていた 土砂流失が少なく
苔むして落ち着いた感じの渓相には 側壁の発達が見て取れ 廊下上の流れが多いのだろうか?
流れへと”ドボン”と飛び込むが 渓魚の走りは確認出来ない 魚影もこの辺りではそれほど濃くは
無いのだろう それにしても人気を感じない地だ 五月の休日と言うのに一台の車も人も見掛無い。
再び上流域へと向かい”蓮”を通り
過ぎ ”千石谷”を左手に見送ると
”ヌタハラ谷”入り口へと付く小渓
ながら入渓点から 落ち込みと
滝の連続となり 暗く厭らしい谷だ
左岸には踏み後も有るようだが
谷通しで釣り上がる  これ以上
遡行は無理と思われる 小さな
暗い滝壷の中に 短めの仕掛け
が沈んで行く・・・。

モソモソとした まるで岩魚かと!
感じさせる当たりに つい送り込
んで合わせを呉れる・・・・
ハリ掛りしたであろう件の魚は グイッと発泡下 底へ々と引き込む   やがて弱まり出す魚の抵抗に
移動の出来ない岩棚上から抜きあげる    手にした魚体は長いことこの暗い滝壷に潜んでいたのか
ヌルリとした手触りに濃い茶色を身にまとい かろうじてアマゴと判別出来る代物だった この魚を見る
ために この地へと訪ねてきたのだ ”蓮”よりの尾根超えでこの渓の上部 ”夫婦滝”への入渓を提案
する案内人N氏 そのアマゴを手にし笑って首を横に振るだけだった。


この数年後に 再度この”蓮”の地を訪ねてみました 人気の無かった渓谷は 川遊びの家族で一杯

”宮の谷”の車止めには車が所狭しと溢れ 完成した蓮ダム上流一帯は一大観光地のように様変り

出会う人も無かった当時の釣行を思い出し 足早にこの地を後にする。

                                                   OOZEKI